大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所 昭和48年(ワ)714号 判決

原告

石橋千賀子

被告

長谷川明

ほか三名

主文

被告長谷川明、同広渡一夫、同広渡鹿五郎は原告に対し連帯して金一、九三三、二二八円及び内金一、七三三、二二八円に対する昭和四五年一一月八日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。原告の右被告ら三名に対するその余の請求及び被告高木に対する請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告と被告高木との間においては全部原告の負担とし、原告とその余の被告との間においては被告らの負担とする。

この判決第一項は仮に執行することができる。

事実

第一申立

(原告)

一  被告らは原告に対し連帯して金三、〇三三、二二八円及び内金二七三、二二八円に対する昭和四五年一一月八日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

三  仮執行の宣言。

(被告ら)

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

第二主張

(請求の原因)

一  事故の発生

1 発生場所 福岡県粕屋郡志免町日枝バス停

2 発生日時 昭和四五年一一月七日午後五時三〇分

3 加害車両 被告広渡一夫運転の自動二輪車(車両番号福え四九―一九)及び被告長谷川運転の軽四輪自動車(八福二―二〇五四)

4 事故の態様 加害車両二台が同時に先行車両を追越そうと道路右側部分に出た際接触し、被告広渡一夫運転の自動二輪車がバス停に逸走し、バス待ちのため佇立中の原告に衝突した。

5 負傷の程度 左下腿挫滅創、左膝部擦過傷、頸部腰部捻挫

二  被告らの責任

1 被告広渡一夫

同被告は先行車を追越すに際し先行車の動向に十分注意せず追越しにかかつたため、先行車もさらにその先行車を追越そうと右側に出たためこれと接触してバス停に逸走したもので、右追越しに際しての注意義務を怠つたものである。

2 被告長谷川明

同被告は先行車両を追越すに際し後方車両の動向に十分注意せず道路右側に出た過失により、後方より追越しのため右側に出たためこれと接触して後方車をバス停に逸走せしめたものである。

3 被告高木直樹

被告長谷川運転の軽四輪自動車は被告高木の電気商経営のため常に利用していたものであり、自賠法三条による責任がある。

4 被告広渡鹿五郎

被告広渡鹿五郎は板金業を営むもので、被告広渡一夫運転の自動二輪車は自己の業務のため利用していたもので、自賠法三条による責任がある。

三  治療の経過及び後遺症

1 右大腿下腿挫滅創、右膝部擦過傷、頸部腰部捻挫の治療のため昭和四五年一一月七日から昭和四六年一月二五日まで八〇日間志免町上野外科医院入院、昭和四六年一月二六日から同年三月一日まで同医院通院(治療実日数九日)。

2 右下腿瘢痕拘縮兼潰瘍の治療(瘢痕除去)のため、昭和四六年三月一二日福岡市佐田病院に通院、翌三月一三日から同年五月二四日まで七三日間同病院入院、同年五月二五日から同年八月一〇日まで同病院通院(治療実日数三日)。

3 後遺症

右下肢部に三〇×一〇センチメートル、右大腿部に一〇×六センチメートル、腹部に一八×三センチメートル、右臀部に八×一〇センチメートルの各瘢痕が残存している。特に右下肢部の瘢痕は目につきやすく、原告は事故当時一八才の女子であるが、右後遺症のため夏でもズボンを着用する状態であり、自賠法施行令別表の後遺障害等級表の一二級に該当する。

四  損害

1 治療費

自賠責保険ないし社会保険にて支払済。

2 付添費 六〇、〇〇〇円

前記入院期間中少なくとも五〇日は付添いを必要とし、その付添費用は一日当り一、二〇〇円である。

3 入院中雑費 四五、九〇〇円

前記入院期間一五三日に一日当り三〇〇円の雑費が必要であつた。

4 休業損害 一七三、三二八円

原告は本件事故当時福岡オーダーソーイング株式会社に勤務し、事故前三か月間に五六、五七九円の収入(一日当り約六二八円)を得ていたが、本件事故により昭和四五年一一月八日より昭和四六年八月一〇日まで二七六日間休業を余儀なくされた。

628×276=173,328円

5 逸失利益 六九四、〇〇〇円

原告の後遺症は前記のとおり一二級に相当しその労働能力喪失率は一四パーセント、後遺症固定後の稼働年数を四〇年とし、前記収入を基礎に逸失利益を計算すると次のとおりとなる。

628×365×0.14×21.64(ホフマン係数)≒694,000円(100円以下切捨)

6 後遺症整形手術費用 五〇〇、〇〇〇円

後遺症が将来整形治療により醜状を除去可能であるかは現在不明であるが、原告は再手術を試みたいのでその際の手術費用として右金額を請求する。

7 慰藉料 二、五〇〇、〇〇〇円

本件事故につき原告には全く過失が存しないこと、傷害の程度ことに原告は未婚の女性であるのに外見に著しい醜状を残していること、逸失利益の算定が低額であること等を考慮して右金額を慰藉料として請求する。

8 弁護士費用 三〇〇、〇〇〇円

五  原告は自賠責保険から一、二四〇、〇〇〇円の支払を受けた。

よつて、原告は被告らに対し連帯して損害金合計三、〇三三、二二八円及び内金二、七三三、二二八円(弁護士費用を除く)に対する本件不法行為の翌日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求の原因に対する答弁並びに抗弁)

1  被告長谷川

請求原因一のうち、事故の態様は否認し傷害の部位程度は知らない、その余の事実は認める。同二の2は否認する、被告長谷川に過失はない。同三、四は知らない、同五の損害の填補の事実は認める。

2  被告高木

請求の原因二の3は否認する。被告長谷川は本件事故当時被告高木の従業員であつたが、加害車両は被告長谷川の所有であり被告高木の営業に利用したことは全くなく、本件事故後も被告長谷川は勤務時間終了後定時制高校に通学の途中にあつたのであり、被告高木には何らの責任もない。

3  被告広渡一夫、鹿五郎

請求の原因一は認め、同二の1は否認し、同二の4は被告広渡鹿五郎が板金業を営むものであることは認めるが、加害車両を自己の業務のため利用していたことは否認する。同三、四は知らない、同五の損害の填補の事実は認める。

被告広渡一夫は先行車を追越すについては十分の注意を尽して追越しにかかつたのであるが、先行車である被告長谷川運転の車両が急に右側に出てきたために本件事故が発生したものであるから、被告広渡一夫に過失はない。また、被告広渡一夫運転の車両に構造上の欠陥はなかつた。

第三立証〔略〕

理由

一  請求原因一(交通事故の発生)は事故の態様、傷害の部位程度を除きいずれも当事者間に争いがない(被告高木はこの点の認否を直接していないが、同被告の主張等から本件交通事故の発生自体は認めているものと判断する)。

二  〔証拠略〕によれば、本件事故現場は非市街地の平坦な見通しの良い道路であり、幅員は八・四メートルのアスフアルト舗装部分と両端に約二メートルの非舗装部分とに分れていること、被告長谷川は右現場は通学の都度通り道路の状況等は熟知していて、事故当時も通学のため粕屋郡須恵町の勤務先から福岡市内にある定時制高校に通学するため前記軽四輪自動車を運転して時速五、六〇キロメートルの速度で同所にさしかかつたこと、その際前方四、五〇メートルのところを先行車が時速三、四〇キロメートルの速度で進行しているのを認めこれを追越すべく右側に方向指示器をあげ対向車のないことを確認し、かつ後続車についても現場より手前約二〇〇メートルのところで自動二輪車が蛇行運転しているのは認めていたが右追越時にバツクミラーで後方を確めたときはこれを認めなかつたのでそのまま中央線を越え追越態勢にはいろうとしたこと、ところが右追越地点のすぐ先に横断歩道があり中央線には追越禁止の道路標示があることを認めたため追越を断念しようと速度を緩めたところ後続して進行していた被告広渡一夫運転の自動二輪車が二重追越にかかつており被告長谷川運転の軽四輪自動車の右後方に接触し、一時先行車が道路の左側部分を被告長谷川運転の軽四輪が道路の右側部分を被告広渡一夫運転の自動二輪が道路の右端を並進するような格好になつた後、右接触によつてバランスを失なつた自動二輪が道路右側にあつた日枝バス停に突込みバス待ちをしていた原告らが傷害を受けたこと、がそれぞれ認められる。

右事実によれば、本件事故発生の最大の原因は被告広渡一夫が無理な二重追越し(道交法二九条)をしようとしたことにあることは明らかであるが、被告長谷川においても右追越しに際し後続車両の動静に必ずしも十分な注意を配つていなかつたことが窺われまた道路の状況を十分知りながら追越禁止区域の直前で追越しにはいつたこと(したがつて直ちに中断せざるを得なかつた)も原因となつたことは否めず、右両被告とも過失を認めることができ、両被告の無過失の主張は採用しない。

三  被告らの責任

1  被告長谷川明、同広渡一夫は前項の過失により損害賠償責任がある。

2  被告高木直樹

〔証拠略〕によれば、被告高木直樹は電気工事請負業を営み昭和四五年二月頃被告長谷川を雇用したが、その際被告長谷川は被告高木宅に住込み夕方勤務終了後定時制高校に通学できるという条件であつたこと、被告長谷川運転の軽四輪自動車は同被告が自己の負担で通学用に購入したもので被告高木はその保証人となつただけで何らの資金援助もしておらずガソリン代等も被告長谷川が支払つていたこと、被告高木の営業用には同被告所有の自動車が数台あり被告長谷川が仕事先に行く場合は他の従業員と共にこれを利用し被告長谷川の右車を営業用に利用することは殆んどなくまた工事資材の運搬等の点からも構造上被告長谷川の車は右営業用に適さないこと、ただ、時間の都合上被告長谷川が仕事先から直接学校に行く必要のある場合あるいは稀に一人で遠方に仕事に行く場合に同被告の軽四輪を利用したことがあるがそれも車を購入して本件事故当時まで一年足らずの間に五、六回しかないこと、本件の場合も勤務終了後通学途中のことであることが認められる。

右のような事情のもとでは従業員のマイカーの勤務時間外の私用運転につき被告高木に運行供用者責任を認めることは困難であるといわねばならない。

3  被告広渡鹿五郎

〔証拠略〕によれば、被告広渡鹿五郎は自宅で板金業を営み被告広渡一夫はその実子で同所で板金工として働いていること、被告広渡一夫運転の自動二輪車は同被告が本件事故より約一か月半前に購入したものでその間殆んど毎日乗り回していたが、当時同被告は未成年者で父母と同居し独立の生許を営んでいないこと、がそれぞれ認められ、これらの事情を綜合すると営業の主体であり生計の主体である被告広渡鹿五郎は右自動二輪車の運行供用者と認めるのが相当である。

四  治療の経過及び後遺症

1  治療の経過については証人吉山正美の証言によつて成立を認める甲第二号証によつて請求原因三の1、2の事実を認める。

2  〔証拠略〕によれば原告の後遺症について次のとおり認められる。

原告の右下肢の膝こく部より下腿後面上方に横径約八センチメール縦形約六センチメートルの不正形の表面がすう装状の瘢痕様の局面があり、その下方に連続して長さ一五センチメートル幅六センチメートルの舟状形を示す全層植皮を行つた皮膚が見られ、その周囲は植皮術の際の縫合によつて生じた周辺の正常皮膚と境界が提防状にやや隆起する瘢痕を形成し、植皮部の皮膚は正常に生着しているが、この部分は著しい醜状である。右大腿後面には横約一〇センチメートル縦八センチメートル幅二センチメートルの逆L字型をした表面が萎縮状の瘢痕があり、下腹に横走する長さ二〇センチメートル幅一センチメートルの線状瘢痕があり、右臀部中央部に横五センチメートル縦五センチメートルの肥厚状の瘢痕がある。これらの中では右下腿の瘢痕が最も主たる症状であるが、右瘢痕を完全に除去することは不可能に近い。

右後遺症の程度は自賠法施行令後遺障害等級表の一二級に相当する。

五  損害

1  入院付添費 六〇、〇〇〇円

〔証拠略〕によれば原告が上野医院に入院中は原告の姉妹が付添つたことが認められ、同医院入院期間のうち五〇日間分につき一日当り一、二〇〇円を付添費用として相当と認める。

2  入院雑費 四五、九〇〇円

請求原因三の1、2のとおり入院期間は合計一五三日となり、一日当り三〇〇円を入院雑費として認める。

3  休業損害 一七三、三二八円

〔証拠略〕によれば、原告は本件事故当時福岡オーダーソーイング株式会社に勤務し、事故前三か月間に合計五六、五七九円、一日平均約六二八円の収入を得ていたが、本件事故のため昭和四五年一一月八日から昭和四六年八月一〇日まで二七六日間休業を余儀なくされたことが認められる。

628円×276円=173,328円

4  逸失利益 六九四、〇〇〇円

原告の後遺症は前記のとおり一二級に相当するのでその労働能力喪失率は一四パーセント、後遺症固定後の稼働年数を四〇年とし、前記収入を基礎に中間利息を控除すると次のとおりとなる(原告の収入は昭和四五年度賃金センサス全女子労働者平均に比しても著しく低額なので中間利息控除は原告主張のとおりホフマン式による)。

628×365×0.14×21.64≒694,000円(100円以下切捨)

5  後遺症整形手術費用

〔証拠略〕によれば、原告の後遺症は将来手術によつてある程度までは現在より改善できるが、その治療に際し健康保険の適用は手術の内容から可能性がうすく、仮に右保険の適用がないとすれば治療費としてどの程度必要かは不明であるので算定不能である(慰藉料で考慮する)。

6  慰藉料 二、〇〇〇、〇〇〇円

傷害及び後遺症の程度、ことに原告は未婚の女性であるのに人目につきやすい下肢に醜状の瘢痕が残り将来を思つての精神的苦痛は何にもまして大きいことその他諸般の事情を考慮し右金額を慰藉料として相当と認める。

7  弁護士費用 二〇〇、〇〇〇円

本件事件の経緯から右金額を弁護士費用として相当と認める。

六  原告が自賠責保険より一、二四〇、〇〇〇円の支払を受けていることは当事者間(被告高木を除く)に争いがない。

そうすると、被告長谷川明、同広渡一夫、同広渡鹿五郎は原告に対し連帯して前記五の損害金から六を控除した一、九三三、二二八円及び内金一、七三三、二二八円(弁護士費用を控除したもの)に対する不法行為の翌日である昭和四五年一一月八日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるので、原告の本訴請求を右の限度で認容し、右被告らに対するその余の請求及び被告高木に対する請求は失当であるのでいずれもこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大石一宣)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例